「パン屋さんって、毎朝3時起きで働いてるんでしょ?」
そんなイメージを持っている人は多いはずです。実際、製パン業界はそういった長時間・早起きの労働スタイルが当たり前とされてきました。パンを焼くためには仕込みに時間がかかる。朝一番に焼き立てを並べるためには、夜明け前から動き出さなければならない。そんな「常識」が業界に根づいています。
ところが、そんな常識をまったく気にしないパン屋さんがいる——そう知ったのは、テレビの特集番組でした。「忙しくないパン屋」として紹介されていたその店主・田村陽至さんの姿は、私にとってかなり衝撃的で、「こんな働き方があるのか」と興味を持ち、すぐにこの本を購入しました。
捨てないパン屋とはどんな本か
田村陽至さんが書いた『捨てないパン屋 手を抜くと、いい仕事ができる→お客さんが喜ぶ→自由も増える』は、広島で「タルマーリー」というパン屋を営む著者が、自らの働き方と哲学を語った本です。
タイトルにある「捨てない」とは、売れ残ったパンを廃棄しないということ。多くのパン屋では、当日売れなかったパンは処分するのが普通ですが、田村さんはそれをしない。なぜなら、「捨てなくて済む量だけ作る」からです。
そしてもう一つのキーワードが「手を抜く」。これは決してサボるという意味ではなく、「本当に必要なことに集中し、不要なことはやらない」という姿勢を指しています。
「早起きして長時間働く」という呪縛
私はこの本を読む前、パン屋さんの仕事に対して一種の「覚悟」のようなものを感じていました。好きでないとできない仕事、体力がないと務まらない仕事、という印象です。美味しいパンを提供するためには、それだけの犠牲が必要なのだと思っていたのです。
田村さんの存在は、そのイメージを根底から覆しました。彼が実践しているのは、週に何日も休みを取り、深夜や早朝に無理して働かず、それでいて質の高いパンを届け続けるというスタイルです。
「そんなことが本当に可能なのか?」という疑問が湧くのは当然です。しかし、田村さんはそれを実際にやってみせている。その秘密が、この本にはぎっしり詰まっています。
手を抜くことで、むしろ質が上がる
タルマーリーのパンは、天然酵母と国産小麦を使った、いわゆる自然派のパンです。化学的な添加物は使わず、じっくりと発酵させることで生まれる深い味わいが特徴です。
ここで面白いのが、「手を抜く=シンプルにする」という発想です。添加物を使わない、余計なことをしない、売れ残りを出さない量にする——これらはすべて「引き算」の思想からきています。
私たちはついつい「頑張ること=たくさんやること」と考えがちです。もっと種類を増やそう、もっと長く働こう、もっと早起きしよう……。でも田村さんは逆の発想をとります。絞り込むことで、本当に大切なものが見えてくる。無駄を省くことで、仕事の質が自然と上がる。
これは、パン屋という仕事に限った話ではないと、読みながら強く感じました。
「捨てない」ことで生まれる自由
パンを捨てないためには、売れる量しか作らなければいけない。これは制約のようで、実は大きな自由につながっています。
多くのビジネスでは「たくさん作って、たくさん売る」ことを目指します。でもそうすると、売れ残りのリスクも大きくなり、捌けなかった在庫への不安も生まれます。田村さんは最初から「作る量を絞る」ことで、そのリスクを取り除いています。
結果として何が生まれるか。余裕です。精神的な余裕、時間的な余裕、そして体の余裕。その余裕こそが、より良い仕事をするための源泉になっているのです。
「捨てない」という選択は、環境への配慮という側面もありますが、それ以上に田村さん自身の「自分の生き方」への誠実さから来ているように感じます。自分が納得できる仕事だけをする、というシンプルな覚悟。
この本が教えてくれる「これからの働き方」
私がこの本を読んで最も心に刺さったのは、「働き方は自分で設計できる」というメッセージです。
業界の常識や慣習に縛られず、自分がどんな生活をしたいかを起点に仕事の形を作っていく——田村さんのパン屋は、まさにその実践例です。「こうじゃなきゃいけない」という思い込みを手放すことで、もっと自由で豊かな働き方が見えてくる。
私自身、今の仕事や働き方を振り返ったとき、「これは本当に自分が望んでいることなのか?」と問い直すきっかけになりました。忙しいことが当たり前になっていないか。頑張っている=長く働くことだと思い込んでいないか。
田村さんのように全く同じ生き方をするわけではないけれど、その根底にある「手を抜いていい場所を見極め、本質に集中する」という哲学は、あらゆる仕事に応用できると思います。
まとめ:未来の自分の働き方のヒントがここにある
テレビで田村陽至さんを見かけたとき、私は「なんか楽しそうに働いてるな」という印象を持ちました。それは疲れ果てていない人の顔でした。好きなことを、自分のペースで、自分らしく続けている人の表情でした。
この本を読んで、その印象はさらに深まりました。彼の働き方は偶然ではなく、意図的に設計されたものだということが分かったからです。
「忙しくなければいけない」「たくさん働かなければいけない」という思い込みから少し離れて、自分にとって本当に大切なことに集中する——そんな生き方のロールモデルとして、この本は長く手元に置いておきたいと感じました。
パンが好きな人にも、働き方を模索している人にも、ぜひ手に取ってほしい一冊です。


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