九条の大罪が教えてくれた『モモ』──「自分の時間を生きる」とはどういうことか

思考・読書

Netflixドラマ『九条の大罪』で、九条弁護士が20代の女性に手渡した3冊のうちの2冊目が、この『モモ』でした。

前回の記事で『星の王子さま』を紹介しましたが、九条がなぜこの本を選んだのか、改めて読み返してみてじんわりと理解できた気がします。

子どものころに読んだ記憶はあっても、内容はうろ覚え。大人になって読み返したら、まったく違う重さで迫ってきました。

モモ

ミヒャエル・エンデ(訳:大島かおり)

『モモ』ってどんな本?

「時間泥棒」に奪われた人々の時間を取り戻すために、不思議な少女モモが立ち向かう物語です。

灰色の男たちは、人々に近づいてこう囁きます。「時間を節約しなさい。効率よく生きなさい」と。その言葉を聞いた人々は、だんだんと忙しくなっていく。友人と過ごす時間、子どもと話す時間、ぼんやり空を眺める時間……そういうものが「無駄」に感じられ、少しずつ削られていく。

でも奪われた時間は、灰色の男たちが吸う葉巻の煙になって消えていく。人々は忙しく動き続けているのに、なぜか豊かさを感じられない。

ミヒャエル・エンデがこの物語を書いたのは1973年。半世紀以上前の話なのに、読んでいて「これ、今の自分のことだ」と思う場面が何度もありました。

九条弁護士がこの本を贈った理由(考察)

九条弁護士がこの本を選んだ理由を考えたとき、ひとつの文脈が浮かびました。

刑務所、とりわけ禁錮という刑罰は、「社会的な時間を奪われる」場所です。自由に動ける時間、自分で選択できる時間が制限される。将来を悩む彼女に対して九条は、「時間を奪われることの意味」を問いかけたかったのかもしれません。

そして同時に、もうひとつの問いかけもあると思います。

「あなたは今、本当に自分の時間を生きていますか?」

忙しさを理由に、大事なものを後回しにし続けている現代社会。灰色の男たちに時間を奪われている人々の姿は、目に見えるお金や損得だけで動いていた彼女自身と重なるのではないか。

「自分の時間を取り戻す」とは、すなわち「自分自身を生きる」ことだ、と。

大人になってから刺さった3つの場面

①「節約した時間」がどこへ消えたのか、誰も知らない

灰色の男たちに言われた通り、人々は時間を節約します。でも節約したはずの時間は、自分の手元に残らない。気づいたら「忙しいのに豊かじゃない」という状態になっている。

サラリーマンとして働いていると、この感覚が妙にリアルです。効率化ツールを使い、無駄を省き、予定を詰め込む。それなのに「あの頃より充実していたか」と問われると、答えに詰まる。

②モモの「聴く」という力

モモには特別な能力があります。ただ、じっと話を聴くこと。それだけ。

でもモモに話を聴いてもらった人は、気づいたら自分で答えを見つけている。励ますわけでも、アドバイスするわけでもない。ただ、静かに聴く。

ミニマリスト的な視点で言えば、これは「引き算の力」です。余計なものを加えず、ただそこにいる。それが人を助けることがある、という描写に、読んでいてハッとさせられました。

③「時間とは、生きることそのものだ」

物語の中でホラ博士がモモにこう語りかけます。「時間とは、生きることそのものだ」と。

時間を節約することは、命を節約することと同じかもしれない。いや、命を削ることと同じかもしれない。読んでいて、ぞっとするような、でも深く納得するような感覚がありました。

今日からできるアクション

  1. 「意味のある無駄」を1つ残す
    今日のスケジュールから、効率とは関係のない時間を意識的に1つ残してみてください。友人と話す、散歩する、ただ空を見る。それが「自分の時間」を守る最初の一歩です。
  2. 「忙しい」が口癖になっていないか確認する
    灰色の男たちは「忙しくすること」で時間を奪います。「忙しいから」が言い訳になっているとき、本当に奪われているのは何かを考えてみる。
  3. 誰かの話を、ただ聴いてみる
    モモのように、アドバイスしようとせず、ただ黙って聴く。それだけで、相手にとっても自分にとっても大きな時間になることがあります。

まとめ

『モモ』は、半世紀以上前に書かれたにもかかわらず、今この時代に読むと「これは今の話だ」と感じる恐ろしいほど普遍的な物語です。

九条の大罪を通じてこの本に出会い直したことで、「自分は今、本当に自分の時間を生きているか」という問いを持てるようになりました。

忙しさの中で何かを見失いそうになっている人、時間を節約しているのに豊かさを感じられない人に、静かに手渡したい一冊です。

モモ

ミヒャエル・エンデ(訳:大島かおり)

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