『日本人は「やめる練習」がたりてない』咲ける場所で咲きたいと思ったら読む本——転職を迷うサラリーマンへ

思考・読書

転職しようかどうか、ずっと迷っていませんか?

「今の会社に不満はある。でも、辞めたら迷惑をかける。次が見つかるかわからない。もう少し頑張ってみよう……」

そんなふうに、何度も自分を納得させてきた人に、今日は一冊の本を紹介したいと思います。

私自身、これまで複数回の転職を経験してきました。転職するたびに感じたのは、「辞める決断」がいかに難しいか、ということです。周りに迷惑をかけるんじゃないか、もう少し我慢すれば変わるんじゃないか、逃げているんじゃないかという罪悪感。辞めた後も、しばらくはそんな気持ちがついて回りました。

サラリーマンを続けていると不思議な感覚があります。最初は「この会社でいいのかな」と思っていても、年月が経つうちに「ここを離れる」という選択肢が頭の中から薄れていく。仕事仲間ができ、役職が上がり、積み上げたものが増えるほど、「今さら辞めるのはもったいない」というブレーキが強くなっていくのです。

「置かれた場所で咲きなさい」——でも、本当にそれだけが正解?

私の母が好きな言葉に「置かれた場所で咲きなさい」があります。どんな環境でも与えられた状況の中でベストを尽くす。その精神論は日本社会に深く根付いていて、私も長い間その言葉を信じてきました。

「今の環境が自分に合っていなくても、文句を言わずに努力すれば、いつかきっと花を咲かせられる」——そう思い続けていた時期があります。

でも、正直に言うと、私の本音は少し違います。

「咲ける場所で咲きたい」

どんな土壌でも咲ける強さも大切かもしれない。でも、自分に合った環境で育てば、もっと伸び伸びと、もっと本来の自分の力を発揮できるんじゃないかと思うのです。

「置かれた場所で咲く」ことを美徳とする価値観のなかで、「でも今いる場所が向いていないかもしれない」という違和感を、長い間心の片隅に抱えてきた人もいるのではないでしょうか。我慢し続けることが「成長」だと信じて、疲弊していることに気づかなかった経験、ありませんか?

この本は、そんな私にとって「一押し」になった一冊でした。「やめることへの罪悪感」を穏やかに取り除いてくれる、心強い一冊です。

この本について——なぜ「やめる練習」が必要なのか

野本響子さんが書いた『日本人は「やめる練習」がたりてない』(集英社新書)は、マレーシア在住のライターである著者が、日本人の「やめられない」体質に鋭く切り込んだ一冊です。

本書のきっかけは、SNSに投稿した一言でした。「多くのひとは辞める練習が足りてない」という投稿が数万回シェアされ、大きな反響を呼んだのです。その反響が浮き彫りにしたのは、「やめられなくて苦しんでいる日本人がとても多い」という現実でした。

いじめ、ハラスメント、過労——これらの問題の根底には「やめられない」「逃げ場がない」という状況があります。「やめる」ことへのハードルが高すぎることで、人々が追い詰められていく構造。これは個人の問題ではなく、社会的な課題だと著者は指摘します。

一方、著者の住むマレーシアでは、仕事が合わなければさっさと辞め、学校が嫌なら転校する、ということが当たり前のように行われています。でも社会はきちんと回っていて、むしろ人々は笑顔が多く、寛容で、怒りをあまりぶつけない。「ゆるい」ように見えて、実は多様性にあふれた豊かな社会が成り立っているのです。

日本とマレーシアの「やめること」への意識の違いを軸に、なぜ日本人は「やめる」ことをこんなにも苦手としているのか、そしてそれが何をもたらしているのかを、丁寧に解き明かしていく本です。

読んで刺さった3つのポイント

①「やめる」は逃げじゃない、選択だ

日本社会では「やめる=負け」「やめる=逃げ」という空気が根強くあります。転職を繰り返すことを「根性がない」「忍耐力がない」と評価する文化も、まだまだ残っている。

でも野本さんはこう問いかけます。「そもそも、自分に合わない場所に居続けることが正解なのか?」

マレーシアの人々は、自分にとって合わないと感じたらすぐに次を探します。それは無責任なのではなく、「自分の人生に責任を持っている」行動なのです。日本の視点から見れば「軽率」に映ることが、実は「自分を大切にする」ことの表れかもしれない。

「やめること」は逃げではなく、次の場所へ向かうための積極的な選択。この視点は、私にとって大きな気づきでした。私が転職を経験するたびに感じた罪悪感は、もしかしたら必要のないものだったのかもしれません。

②日本人が「やめられない」のは文化的な問題

野本さんは、日本社会の同調圧力や「空気を読む」文化が、「やめる」ことへのハードルを高めていると指摘します。

「みんな頑張っているから私も頑張らなければ」「辞めたら周りに迷惑をかける」「石の上にも三年」——こうした言葉が、本来なら別の環境に移るべき人を、合わない場所に縛り付けてしまっている。

これは個人の意志力の問題ではなく、社会の仕組み・文化の問題だというわけです。そう言われると、少し気が楽になりませんか?「やめられない自分がダメなんじゃない、そういう空気を作り出す社会の構造があるんだ」と。

自分を責めることをやめて、「これは文化的な問題でもあるんだ」と少し距離を置いて考えることができると、次の一歩が踏み出しやすくなります。

③やめることで見えてくる「自分に合った場所」

本書を読んで一番印象に残ったのは、「やめることは、自分を知ること」という視点でした。

合わない環境に居続けると消耗してしまって、自分が本当は何をしたいのか、何が得意なのか、どんな環境で力を発揮できるのかが見えなくなってしまいます。毎日の疲弊の中で「自分らしさ」がどんどん摩耗していく感覚、覚えがある方もいるのではないでしょうか。

やめるという経験を重ねることで、はじめて「自分に合う場所」の輪郭が見えてくる。転職を繰り返してきた私自身の経験とも深く共鳴する言葉でした。「あの転職があったから、今の自分がある」と思えるようになったのは、やめることを恐れずに踏み出したからこそです。

今日からできる「小さな撤退練習」

「やめる練習」と聞くと、仕事を辞める・大きな決断をする、というイメージがあるかもしれません。でも野本さんが本書で伝えているのは、もっと日常的なところからの練習です。大きなやめる決断ができるようになるためには、日々の小さなやめる経験を積み重ねることが大切なのです。

読んでいる途中の本を途中でやめてみる

「最後まで読まなきゃ」という義務感を手放す練習です。気が乗らない本を無理に読み続けるのはやめていい。「読み切る」ことよりも「自分に必要なものを取り入れる」ことが大切です。読書を「課題」ではなく「選択」にする感覚を養いましょう。ミニマリスト的な発想でいえば、「持ち続けるもの」を選ぶように、「読み続けるもの」も選んでいい。

参加したくない飲み会を断ってみる

「次の予定があって……」と言い訳をせず、「今回は遠慮します」とシンプルに断る練習です。断ることへの罪悪感を少しずつ薄めていきましょう。最初は勇気がいりますが、断っても人間関係が壊れないことを経験すると、少しずつ楽になっていきます。

合わないと感じたサービスや習慣を一つやめてみる

続けることが目的になっていないか、立ち止まって考えてみましょう。定期購読していたけど読んでいない雑誌、惰性で続けているSNS、効果を感じていないサプリ……「本当に必要か?」と問いかけてみてください。一つやめるだけで、時間とエネルギーが生まれます。

こうした「小さなやめる経験」を積み重ねることが、いざというときの「大きな決断」への練習になります。「やめることができる自分」を少しずつ育てていくイメージです。

サラリーマンとして毎日を過ごしていると、ついつい「続けること」「耐えること」に価値を置きすぎてしまいます。でも、やめることにも立派な価値がある。この本はそのことを、穏やかに、でも確実に教えてくれます。

まとめ——「咲ける場所で咲く」ために

「置かれた場所で咲きなさい」は、美しい言葉です。でも、すべての場所が自分に合っているわけではない。

咲けない土壌に何年いても、消耗するだけかもしれない。いつかは咲けると信じて待ち続けるより、「自分が咲ける場所を探す」という選択肢があってもいいはずです。

この本を読んで、「やめる」ことへの罪悪感が少し薄れました。「やめる」のは弱さじゃない。次の場所へ進むための、大切な一歩なのだと。そして、やめることを恐れない人が、結果的に自分らしい人生を歩んでいけるのではないかと感じています。

転職を迷っている人、今の環境を変えたいけど踏み出せない人、「我慢が美徳」という価値観に疑問を感じている人——そんな方に、ぜひ手に取ってほしい一冊です。

「咲ける場所で咲く」ために、まず「やめる練習」を始めてみませんか?

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